叙事詩 「月の夜に恋の光」『その3 小さな人々』

2017.06.27|まちの人々

まちの人・ものづくりのページでは、創成東エリアで活躍するものづくり人の作品を紹介します。
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叙事詩 「月の夜に恋の光」
『その3 小さな人々』
作:中井 亮一
絵: Futaba.

                 

             『その3 小さな人々』

太陽が姿を山に隠す頃、耳の奥で、ピアノのメロディーが聞こえ始める。
”叩きつけるメロディー”

薪を燃やす匂いがした。

湿った土の上を一人歩いている。
歩く目的すら、わからぬまま。

木々の集落と草原が交互に訪れる。

熊笹が囁いている。
風が吹いている。
熊笹が囁いている。

「お父さん、魔王の囁きが聞こえないの?魔王が僕を苦しめる」
この言葉が耳をかすめる。
この歌。

”何だろう”?思いながら歩く。

「もっと光を!」
頭が、どうかしている。
とりとめもないようなことだけが、自分を支配している。
曖昧な自分。

”目的すら、わからぬまま”
僕は、目的もなく、たださまよう。
何の使命も、約束もなく。
限りなく自分を見失いながら。

そうこうしているうちに、干し魚の匂いが近づいた。
懐かしい匂い。
辺りは大分暗くなっている。
”夜の始まり”

夕闇に目をこらすと、小さな集落がそこにあった。

薪を集め、火が焚かれている。
温かな火の数々。
そこに、とてもとても小さな人々がいた。

小さい人々?

小さい。
片腕くらいの大きさだ。
サイズに合った彼らの住居は、中途半端な犬小屋を思い出させた。
茅葺の小さな小屋。

そして、どの家屋にも、干した鮭が吊るしてあった。
吊られた鮭は、天井から地面に達していた。まるで雄大なオブジェみたいに。

「この匂いか」
小さく呟いた。
自分に声があることを確認しながら。

その”小さな人々”は、どの人も奇妙な帽子を頭に乗せている。
まるで20世紀のマジシャンのようだ。
男女男女女女女女女。
女男女。

僕の姿を目に留めると、彼らはそそくさと、木々の間に姿を消した。
何か、僕は悪い人みたいだ。
苦笑いをする。

それにしても空腹だ。
猛烈な空腹を覚える。

何かを探すように視線を動かすと、一つだけ石造りの小屋を僕は発見する。

するとそこから、茜色の服、白貂の毛皮をまとい、さらにどういうセンスなのか、金色のマントを引きずった男が近づいてきた。
当然、頭に王冠が乗っている。

「やあ下々」甲高く彼の声。

”下々”?
まあ、いい。

「近う寄りなさい、その方の顔が、もっとよく見えるように」

一体何なんだろうと思いながら僕は、地面に向かって「こんばんは」と言った。

「では、拝見しよう」
マントの男は、右手を差し出した。

「何を?」僕は、この世界が、何もわかっていない。
「へ?」王様も、キョトンとしている。

「拝見って?」

マントの男は、200年分くらいのため息をつき「献上品だよ、献上品。献上品受け取る魚あげる」

なるほど、そういうことか。
僕は、ポケットをまさぐる。
マッチが出てくる。

『湯気をおびやすい場所に置かないで下さい』

『幼児、子供の手の届かないところに置いて下さい』
”うきわかもめ”

マッチに書かれた文面を読む。

僕は、彼を見る。
彼は小さいが、幼児子供ではないだろう。大丈夫。多分大丈夫。

僕は、マッチをその小人に手渡す。

「これは、なんぞやね?」

耳の奥で、再び歌が鳴っている。
「お父さんには魔王が見えないの?王冠と尻尾をもった魔王が」

僕は、無言で”それ”に火を灯す。
小さい彼は、びっくりしてひっくり返り、マントを背中から被ってしまう。
おならをする。
臭い。
とても臭い。

僕は被ったマントを元に戻し、ついでに立たせてあげた。

「これはすごい」彼は言う。
「マッチ」
「マッチ」

マントの男は、石の小屋に引き下がり、乾いた鮭を僕に持ってきた。
鮭は、彼より大きかった。

「ねえ」
「なんぞやね」
「もしかして君は王様?」

彼は胸をそらせて「そうだがね、下々」と言った。

ふ〜ん。

「ふ〜ん、あとここらにいる木々は何?」
「ハンノキ」
「ハンノキ」

そうか、ハンノキか。

”ハンノキの王様”

ようやく僕は、頭の中の音楽が、ゲーテでありシューベルトである事を思い出す。
こんなことばかり思い出している。こんなことは、”ここで”生きていく役には立たない。
多分何も。

視界に白い蕾が入る。

その横で、赤いバラが揺れていた。

この男にも尻尾があるのだろうか?僕は思った。

つづく
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叙事詩 「月の夜に恋の光」『その2 珈琲屋の彼女』

2017.06.13|まちの人々

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叙事詩 「月の夜に恋の光」
作:中井 亮一
絵: Futaba.

                  
                  

             『その2 珈琲屋の彼女』

二条魚町。

奇妙な名前だと彼女は思う。
この国のどの町に、”魚町”という名前があるのだろうか?

”分かりやす過ぎる”
彼女は思う。

”でも素敵じゃない”
とも彼女は思う。

魚を売っているから魚町。
シンプルでいい。

鮭蟹鮭蟹昆布鱈昆布鱈鰊鰊鰊etc etc

彼女は喫茶店の店員だ。
この春で、三年目。

その店は、魚町の市場の通り向かいにある。

彼女の働いている店は、珈琲が美味しいと評判の店だ。
魚町の珈琲店。

オーナーが焙煎した珈琲豆を、彼女が淹れる。
二条の通りに、芳ばしい香りが、棚引いている。

七坪の、細長い喫茶店。
今日もカウンターは、賑わっている。

注文が入る。
コーヒー豆の分量をスケールで計り、ミルに入れ粉砕する。
その豆を、ネルに詰める。
お湯の加減を見て、ポットに注ぐ。

彼女は、珈琲を落としてる。
丁寧に丁寧に。
間違いのないよう、心を込めながら。

ネルドリップは、隙のない作業が要求される。
挽かれた豆に水分を与え、膨張させる。

そこに、細い雫を注ぎ込む。
やがて、真っ黒の液体が、布から滴り出す。
一滴、二滴、三滴。

彼女はその瞬間を愛おしく思う。

”明日を誰かのために生きられるように”

滴り出した液体は、一本の糸となり、地球の重力を伴い降りてゆく。
そして、それは珈琲となる。

ブレンドたちや、ストレートの豆豆。

それらのコーヒー豆たちは、彼女を経由して、珈琲に生まれ変わる。

「いつもより早いですね」
毎日来る常連に、彼女は言った。
その客は、この間語学留学で、マルタ島に行っていた。
「今日は、お客さんが来るの」

喫茶店の彼女は、その言葉に微笑む。
そこらが、少しだけ明るくなる。

付き過ぎず、離れすぎず。

色々な人々が、そこを訪れる。
老若男女。月並みな言い方がピタリ。
分け隔てなく、彼女は対応する。

気づくと、客が途切れない店となっていた。

ふと時計を見ると黄昏が近づいていた。
彼女は、いつも来る彼が、いないことに気づく。

毎日来て、黙って珈琲を飲む、若い男のことを。

「今日は来ないんだ」
彼女は思う。
だが、そんなことは一瞬で過ぎ去る。
何故なら、彼女は忙しいのだ。

五月の平日。
この街は降ったり止んだりになる。
リラ冷えの季節。

今日も朝から忙しい。
夕方も、いつもはその流れが続くのだが、珍しいことに途絶えた。
しばしの閑散。
アイドルタイム。

市場側の入り口から、彼が入って来た。”黙って珈琲を飲む”彼だ。

「いらっしゃいませ」

彼は、いちばん入り口側のカウンターに座る。
まだ若い。
二十代だろう。
髪が、いつも短く刈られている。

カウンターに、白い芍薬が揺れている。芍薬は、まだつぼみのまま。

店は、彼と彼女が、ふたりきり。店内のBGMが、叩きつける鍵盤に変わった。

「珈琲を」

彼が言った。

つづく

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叙事詩「月の夜に恋の光」『その1黄金の狐』

2017.06.01|まちの人々

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叙事詩 「月の夜に恋の光」
作:中井 亮一
絵: Futaba.


『その1 黄金の狐』
何から伝えればいいのだろう?

どこまで話せばいいのだろう?

君に

暗闇から抜け出てみれば、不変の光に巡り合った。

只、あまりにも長く光を失っていた為、涙が止まらなかった。
どこにそこまでの水分が保たれていたかわからないほど、多くの涙を僕は流していた。

そう”干からびる”ほどに。

この世界に目を慣らさねばならない。
時間をかけてでも。
何かを探していた筈だから。
何かを。

時間?
時間なんてどこにあるのだ?

大型の肉食獣の、うなり声の様なものが、聞こえている。が既に、怯えは失われていたので、なるがままにまかせておいた。
”なるように、なればいい”

僕は何も恐れてはいない。と言うよりは、”恐れすら”失っていた。

その音は寸断なく”聞こえている”。
グォオオオ、グォオオオ。

これが生物なら、未知の素敵な出会いだ。
”出会いは必然である”
”そうさ答えは風が知っている”

やがてそれは、雪解けの水を運ぶ、大きな川の声だと気づいた。
それでもやはりホッとする。
”肉食動物では、なかった”ことに。

少しの安心は肌寒さを僕に知らしめた。

「寒いとこだな」僕は思った。

耳が慣れてくると、木々の揺らぎ、鳥のさえずりを僕に感じさせた。

「どこにいるのだ?」
単純な疑問が頭を覆う。

平板に聞こえる川の声。
僕は、ひたすら目が慣れるのを待つ。耳を澄まし、涙を流しながら。

その時間が、永遠なのか儚いのか?それすら、よくわからなかった。
”僕は何もわからない”
”何も覚えてはいない”

手探りで地面を触る。
土の匂いがする。草がいる。相変わらず、木々は揺れている。

だが、そこから動くことが出来ない。
僕は只白い光に包まれている。

ここに来る前、強烈な光の中に僕はいた。
身体の境界線が、ぼやける程の光の中で、僕はしばし恍惚を感じていた。

”恍惚”は、永遠かと思いきや境界線がなくなった後、光と共に去った。

そして長い間、暗闇と共にいた。
進むがままに。

瞼に差し込む光が、朱色に染まる頃、少しづつだが、目を開くことが出来た。
世界が輪郭を取り戻す。

音の正体は、やはり川だった。
大きな川だ。

視界が開けてくる。
全てが、形を”取り戻す”。

僕は、”崩れた崖”の上にいた。
ポツリと。
たった一人で。

背後に、風化した石碑のようなもの。
そこの下には、人が一人通れるかどうかの、穴があいていた。

穴を黙って見つめる。
あちら側とこちら側。

太陽は、傾いてきている。
その太陽の方向に、山並みが連なっていた。
山頂付近が白い。

山と僕の間に、木々が群生していた。
所々に、煙が立ち上っている。

「乾いた砂を運ぶ、大きな川だよ」
声がした。
声の方向をみると、黄金の狐がいた。

狐は夕日を受けて、全ての毛が生きてるように、輝いていた。’毛”自体が生き物であるかのように。

目が合うと、狐は「やあ」と言った。

「やあ」僕も言った。
「よそ者だね」狐は見た目より、低い”いい声”だった。
「そのようだね」久しぶりに出す僕の声は、どこかぎこちない。

「おいでよ」と狐は言った。

”おいでよ”
”どこに?”

どこにでもいけばいい、答えは風が知っている。

僕は、足に力が入るか確かめながら、立ち上がった。
”ふらふら”
音がしそうだ。

立ち上がり、再びあたりを眺める。
川の向こうにとてもとても大きな月が座っていた。

満月。

そうだ満月だ。
「ピンクムーンは、特別な力があるの」彼女の言葉。

彼女?
彼女って?

4月の満月、ピンクムーン。

だけど僕は、肝心なことを、なにひとつ覚えていなかった。

つづく

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