叙事詩「月の夜に恋の光」『その1黄金の狐』

まちの人・ものづくりのページでは、創成東エリアで活躍するものづくり人の作品を紹介します。

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叙事詩 「月の夜に恋の光」
作:中井 亮一
絵: Futaba.

『その1 黄金の狐』
 

 

 

何から伝えればいいのだろう?

どこまで話せばいいのだろう?

 

 

君に

 

 

 

暗闇から抜け出てみれば、不変の光に巡り合った。

只、あまりにも長く光を失っていた為、涙が止まらなかった。
どこにそこまでの水分が保たれていたかわからないほど、多くの涙を僕は流していた。

そう”干からびる”ほどに。

 

この世界に目を慣らさねばならない。
時間をかけてでも。
何かを探していた筈だから。
何かを。

 

時間?
時間なんてどこにあるのだ?

 

 

大型の肉食獣の、うなり声の様なものが、聞こえている。が既に、怯えは失われていたので、なるがままにまかせておいた。
”なるように、なればいい”

僕は何も恐れてはいない。と言うよりは、”恐れすら”失っていた。

 

その音は寸断なく”聞こえている”。
グォオオオ、グォオオオ。

これが生物なら、未知の素敵な出会いだ。
”出会いは必然である”
”そうさ答えは風が知っている”

 

やがてそれは、雪解けの水を運ぶ、大きな川の声だと気づいた。
それでもやはりホッとする。
”肉食動物では、なかった”ことに。

 

少しの安心は肌寒さを僕に知らしめた。

「寒いとこだな」僕は思った。

 

 

耳が慣れてくると、木々の揺らぎ、鳥のさえずりを僕に感じさせた。

「どこにいるのだ?」
単純な疑問が頭を覆う。

 

 

平板に聞こえる川の声。
僕は、ひたすら目が慣れるのを待つ。耳を澄まし、涙を流しながら。

 

その時間が、永遠なのか儚いのか?それすら、よくわからなかった。
”僕は何もわからない”
”何も覚えてはいない”

 

手探りで地面を触る。
土の匂いがする。草がいる。相変わらず、木々は揺れている。

だが、そこから動くことが出来ない。
僕は只白い光に包まれている。

 

 

ここに来る前、強烈な光の中に僕はいた。
身体の境界線が、ぼやける程の光の中で、僕はしばし恍惚を感じていた。

 

”恍惚”は、永遠かと思いきや境界線がなくなった後、光と共に去った。

 

そして長い間、暗闇と共にいた。
進むがままに。

 

瞼に差し込む光が、朱色に染まる頃、少しづつだが、目を開くことが出来た。
世界が輪郭を取り戻す。

 

 

音の正体は、やはり川だった。
大きな川だ。

 

視界が開けてくる。
全てが、形を”取り戻す”。

僕は、”崩れた崖”の上にいた。
ポツリと。
たった一人で。

 

背後に、風化した石碑のようなもの。
そこの下には、人が一人通れるかどうかの、穴があいていた。

 

穴を黙って見つめる。
あちら側とこちら側。

 

太陽は、傾いてきている。
その太陽の方向に、山並みが連なっていた。
山頂付近が白い。

山と僕の間に、木々が群生していた。
所々に、煙が立ち上っている。

 

「乾いた砂を運ぶ、大きな川だよ」
声がした。
声の方向をみると、黄金の狐がいた。

 

狐は夕日を受けて、全ての毛が生きてるように、輝いていた。’毛”自体が生き物であるかのように。

 

目が合うと、狐は「やあ」と言った。

 

「やあ」僕も言った。
「よそ者だね」狐は見た目より、低い”いい声”だった。
「そのようだね」久しぶりに出す僕の声は、どこかぎこちない。

 

「おいでよ」と狐は言った。

 

”おいでよ”
”どこに?”

 

どこにでもいけばいい、答えは風が知っている。

 

 

僕は、足に力が入るか確かめながら、立ち上がった。
”ふらふら”
音がしそうだ。

 

立ち上がり、再びあたりを眺める。
川の向こうにとてもとても大きな月が座っていた。

 

 

満月。

 

そうだ満月だ。
「ピンクムーンは、特別な力があるの」彼女の言葉。

 

彼女?
彼女って?

 

4月の満月、ピンクムーン。

 

だけど僕は、肝心なことを、なにひとつ覚えていなかった。

 

 

 

つづく

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